2004年3月から4月にかけて行われたPALSの市民講座
「人に優しい住まい」から私が担当した第3回”二世帯住宅”をご紹介します。

「人に優しい住まい」
第三回・・・記憶を伝える家”二世帯住宅  

 二世帯住宅の計画は親世帯より、血のつながりの  
ない人を抱えて同居する子世帯に主導権があるほう  
が成功しているようです。
 ドラマ等では息子夫婦同居の家となるとおなじみ  
の嫁姑戦争ですが、娘夫婦が同居し、婿という他人  
が入る場合もあって、両者の雰囲気は随分違います。 
 そこで娘夫婦同居型と息子夫婦同居型とをちゃん  
と分けて販売しているハウスメーカーもありますし、 
その点では建築家もハウスメーカーも、二世帯住宅  
を単に二家族が住めれば良いもの、と考えてはいま  
せん。

同居を決意する時期も、”親と同居するのは当然”と考える向きが娘より息子の割合が高く、一方   
娘は”親が高齢化し実生活が心配となった”という理由が息子の割合を上回っています。この点は、  
娘の側で二世帯住宅を建てる時期が息子の場合より遅くなる結果を生んでいます。そこで家族数の   
変化に対応できる住宅でも当然違いが生じます。特に子供部屋の可変性は、同居を開始した時に息   
子夫婦の子供が幼い場合が有り得るので、より融通性が必要かも知れなれません。 二世帯住宅は、  
同居する家族が年月の経過と共にその人数や構成が変化することも計画の時には頭にいれて置きた   
いことです。
 このように子世帯側に起因した計画上の条件がより多く、資金は親夫婦という場合においても    
子世帯を中心にまとめていくのが良いようです。
   (決して生い先長くない者より・・・
      と言う意味ではないつもりので誤解無きよう・・・?)
 さて「二世帯住宅」という言葉を聞いてしまうと、ひと昔前の”完全に同居する家””離れと母屋”  
”広い敷地に分割して二軒の家”といったものと違って「一つ屋根の下に互いのプライバシーを侵害   
しない独立した家が二つ入っているもの」という形を連想します。ここで敢えて私の意見を言わせて   
いただくと、ひとつ屋根の下に同居するならば私は完全同居が一番、という事でしょうか。       
何か’いさかい’が起きたとき、精神的にだけでなく物理的にも当事者を分ける計画ならば、離れを   
建てたら良いし、若しくは味噌汁が冷めない、それこそ2、3軒隣に住んでも良いことと考えられて   
しまえるからです。それでも”ひとつ屋根の下”にこだわるとしたら、それはもはや建設費の節約が   
理由となっているだけかもしれないでしょう、それなら当然一軒という選択は正しいと思います。    

 ひとつ屋根の下に同居していた時代、そこにも嫁姑戦争のたぐいは存在しただろうし、時には嫁か   
姑のどちらかが泣くこともあったでしょう。しかし文字通り”襖を隔てて”その憚りつつ泣く声が漏   
れ聞こた時、いいえ、聞こえるからこそ一方が「言いすぎたかしら・・・」と少し反省をしたり、次   
の日には、少し優しくなれる(?)など、素直には言葉に出来ない事を態度で伝えたに違いありません。  
 他人同士なればこそ、ある程度のプライバシーも気配が感じられる程度は覚悟して、完全な同居型   
に挑戦する家族の二世帯住宅を計画するのが私にとっては喜びです。


               ▲2003.11浦和・楽風ギャラリーでのPALS展の様子   
  最後に・・・ 
 さて、私は完全同居の形で家を設計し実際住んでいます。出来ることなら私の育った家に子を     
連れて戻って「この柱の傷はお父さんがお前の歳に計った背の高さだ。」などと、言える生活が     
ちょっと理想でした。そして孫を見ず逝ってしまった私の母が、どこからか見ているような気配     
を、母の部屋の影に、台所に感じられたら…とも思っていたのです。                 
新築の家で部屋の形は似ても似つかわしくない寝室ではありますが、一日てこずらされた子供達     
に子守り歌を歌うと親の気持が伝わってくるから、それでも良いのかも知れないのですが。       

・・・余談ですが「二世帯住宅」とは言わないまでも、住まいとは家族の記憶が宿り、伝えてくれ    
るものと思います。決して、短い期間で、お金さえ払えば手に入ると言った商品では無いでしょう。   
そしてその中に私や職人達の思いを混ぜていただけたらと思います。